The Life : Country Gentleman & Lady 後編

The Life : Country Gentleman & Lady 後編
前回の取材から早2ヶ月。焼津の香織さんの実家のリノベーションプロジェクトはどんな塩梅になっているのだろう。GOOD ERROR MAGAZINEから横江とルーカスさんの友人でもある本村が再び噂の現場へ。もちろん目的はプロジェクトの張本人である『PAPERSKY』編集長のルーカスさんと香織さん。そして建築を担当する横山さんも加わってもらってリノベーションの経過をたずねることに。到着そうそう、ルーカスさんによる内見ツアーから取材はスタートした。
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 建築家の横山さん、PAPPERSKY編集長のルーカスさん、香織さん
左から、建築家の横山さん、PAPPERSKY編集長のルーカスさん、香織さん、そこに、取材班の横江と本村が前回同様、長年使われてきたテーブルを囲みながら、焼津の美味しいお菓子を頬張り、お茶を啜りながら終始くつろ(ぎすぎ!?)いだ空気の中、取材は進んでいった。
まず一行は正面入り口のお部屋へ。建築家、横山さんのスタイリッシュさと、ルーカスさんお気に入りのミニマルさを丁寧にまとめあげたその部屋こそ、焼津のサテライトオフィス。奥に広がる畳の空間とのコントラストにもうっとり。初めて訪れた場所にもかかわらず、すでに居心地の良さは十二分。

ルーカス : ここが僕たちの新しいオフィススペース。いいでしょ?
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 オフィススペース
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 オフィススペース
続いて、オフィス横の部屋に通された一同。のどかな田園風景が窓枠によって切り取られ、まるで壁に掛けられた絵画のよう。

ルーカス : 窓越しのデスクに座って仕事や本を読むのもよし。畳でくつろぐのもよし。ワークもリラックスもしっかりできるスペースだね。

東京のオフィスからもお気に入りの家具を設置する予定だとか。「今度来た時には目の前に庭ができるから、みんなもまた来た方がいいよね」と、取材班の再訪が決まった瞬間ともなった。
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 和室
香織 : ここは、昔仏壇があったスペースで、仏壇をどうするかずっと悩んでいて。新しくなった部屋に仏壇を入れると部屋の雰囲気が重たくなるし…

ルーカスさんが今回のリノベーションプロジェクトの中で最も頭を悩ましたスペースだという。結局、以前から気になっていたアーティストの作品を購入して置くことに(詳しくは記事後半のインタビューにて)
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 仏壇スペース
ふと目線を上げると気になってしまう照明が。

ルーカス : 照明作家の谷さんという方のデザインで、駿河竹職人の方が作られているものです。
http://www.modern-t.com/

と担い手が少なくなっている伝統産業への気配りも忘れない。二人の地域に根付いたモノづくりに傾ける姿勢に取材班の心も鷲掴みに。
香織さんのおばあちゃんのご友人たちのたまり場にも大きな変化が。

ルーカス : お気に入りの縁側も結構変わったでしょ?本当はアルミサッシまで取り替えたかったんだけど、予算がなかったから、半すだれ(90cm)で化粧する予定。夏は開けっぱなしにできるから涼しくもなるしね。この火鉢は香織のお父さんので、捨てようと思ってたんだけど、なんかいい感じにフィットするからそのままここで使うことに。あと、その机はおばあちゃん専用のデスク。

なんとまぁ可愛らしいデスク。そこにおばあちゃんが座っていることを想像しながら、一同ニヤニヤと。
取材班が気になってしょうがなかった家具と取手は横山さんのご友人の作品だとか。

ルーカス : 玄関の手すりやデスクの脚は横山さんの友人で、全て手作業、無農薬栽培で箒を製作している小林さん(https://hashime.base.shop/about)に依頼してつくってもらっているんだけど、彼の個性がしっかりと表現されてて気に入っている。
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 家具
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 トイレスペース
ルーカス : これ、収納スペースにも見えるんだけど、実はトイレなんだよね。

と、ユーモアと茶めっけを忘れないルーカスならではの発想。聞くと、オフィスを利用するお客さんが来ても、裏から気をつかわずにトイレに入れるようにしたかったと。これぞ新しい二世帯住宅の姿かも。住まいと働く場所をシームレスに行き来できるのって大切。
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 トイレスペース
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 トイレスペース

1. 心地よく住まい、
のびのびと働くための居場所づくりの極意

内見ツアーを終えた一行に香織さんがお茶とお菓子を用意してくれて、インタビューも自然な流れでスタートした。

横江 : やっぱり、想像以上にい心地が良いし、かっこいいねぇ。なんだろう。ずっと内見していて自分だったらどうする(リノベーション)だろうなって考えながらお三方の話を聞いてました。まず、なんだろう、やってて手こずったところから聞いてみたいな。

香織 : 一番頭を悩ませたのは、仏壇をどうするか。祖母の意見もあるし、客間でもあるから昔ながらの仏壇を置くのも抵抗がある。しかも仏壇って小さなものでも、結構高額で….。そもそも仏壇って、どう捉えたらいいかと考え始めたらわからなくなってきて。

ルーカス : 昔、高野山の宿坊に泊まった時のことを思い出したんだよね?

香織 : そうそう。仏壇には仏像や開祖の肖像画が掛けられているけど、今の自分にはその対象があまりしっくりこなくて。どうしたものかと悩んでいた時に、以前、高野山の宿坊で体験した阿字観の瞑想を思い出して、仏壇に手を合わせるときに、何か宇宙の根源を感じるような対象があったらいいなと思って曼荼羅とか調べたりしてたんです。でもなかなかしっくりくるものがなくて。ちょうどその頃、友人のGOMAさんの展覧会があって、気になる作品に出会ったんです。もちろん仏壇の悩みとGOMAさんの絵は、まったく結びついてなかったんですが、ある日、そのふたつが床の間に同居しているイメージが浮かんで。早速、GOMAさんに連絡したら、その作品はまだ買い手がついてなくて、うちにやってくることになりました。
GOMA:アーティスト(https://gomaweb.net/discography/)

横江 : 面白い。日本人にはなかなかその発想はないかもしれないな。それを閃く感覚が羨ましい。僕は優等生的にまずは教科書通りにものを考えてしまって、そもそも、仏壇ってかっこいい、という前提から入ってしまうから、香織さんのアイデアは面白い。

2. じっくり、コトコト時間をかけて解を熟成させながら築く作り手と使い手(住まい手)の信頼関係

本村 : ところで、横江さん、プロジェクトが進んでルーカスさんたちの新たな居場所の骨格が見えてきたように思いますが、どんな印象をもっていますか?

横江 : 最初に入ったオフィス(入り口)にも新しさを感じたし、住空間は空間としてめちゃくちゃ良い感じに古いものが残されているよね。事務所とトイレを挟んだ畳の部屋の建具が境になるから、その扉が設置されたら今とは別物になるよね。それでいて、雰囲気には一貫性がある。天井を残してるからなのかな?

横山 : そうかもしれませんね。なるべく元あった要素を残しながら色や素材を軸に再構築することに意識を向けながら進めています。畳の部屋は全対の色のトーンを合わせていますし、新しく作ったところ、例えば縁側は事務所と合わせて、新旧を馴染ませていたり。そこの柱は直したところは変わっているよね。
横江 : 横山くんには技術的な側面からも今回のプロジェクトのこだわりがあれば教えてほしいな。

横山 : 前回のインタビューでも答えたように、リノベーションの難しさは残すものと削るものの境目とその見極め。特に、最初の要望がおばあちゃんと一緒に住むということからも、住みやすさとオフィスとしての機能をどう両立させていくかの線引きはとても悩みました。結果的に、トイレの位置が今の位置に決まったりね。家族に反対されながらも取り付けた床暖もルーカスさん的にはこだわりの箇所で居心地の良いオフィスになりましたね。

ルーカス : そうそう。床暖は今日初めてつけたけど、やっぱりあったかくて気持ちが良いね。笑

横山 : あとは、土間というキーワードは元々決まっていたから、なるべく元あった形で、縁側も作りました。窓越しにこしらえたカウンターも気持ちよく働けることを意識しつつ、全体的に内も外がつながっている感覚を持てるように設計することで、おばあちゃんとの生活とも繋がりをちゃんと持てるように工夫しています。

ルーカス : オフィスの土間は横山さんらしい作風だよね。だいたいリビングや土間のスペースとか最初にどうするどうする?って考えていた時に、横山さんの提案があったからそれで決めたし。家の正面部分(顔)や窓(サッシ)も横山さんのらしさが表現されているよね。

横山 : 通常はクライアントの意見を聞きますが、ルーカスさんはクリエイターとして、作者へのリスペクトがある。だからこそ、僕の特徴もしっかり残したほうがいいと言ってくれて。土間とフロアに段差をつけることで、人の居場所やモノの置き場を明確に意識して設計しました。

ルーカス : 土間は変化(高低差)があるから楽しいよね。場所によって目線の高さも変わるから。今後は玄関も土間にしたい。そうするとまた違った角度から家や外を眺められるしね。その目線の違いを家の中で感じられることで、なんか旅をしているみたいな錯覚すらもおこせたり。

横江 : 作る前に何を残すか?の線引きや、方向性を定める前のリサーチや議論に一番時間を要するんだろうね。でも、プロの仕事だから、何を作るかが決まってからは早い。

ルーカス : 横山さんには気の毒だけど(笑)十分に時間をかけたのがよかった。結果的に1年以上かけたけどその時間がすごくよかった。さっきの仏壇だって2年は悩んでいるからね。やっぱり時間はかかるよね。

横山 : 考えも寝かすとまた変わるからね(良き意味で)

香織 : あとは片付けや断捨離が本当に大事。最初は様々なモノがあった状態で考えはじめて、徐々に、余分なものがなくなっていく過程で方向性が定まってきた感覚はあったかも。

3.世代を超えて、共に作る価値。
そして、そこで生活する意味

本村 : 今日は曇っていますが、それでも、以前と比べて、光の差し込み具合が大分良い感じで、気分も明るくなりますよね?

ルーカス : ここ(オフィス部分)は暗くて刑務所みたいで誰も行きたくない場所だったからね。床暖とこのオフィスに十分に光を取り入れることは最もやりたかったこと。元々は一番上の窓だけ設置する予定だったんだけど、やっぱりそれでも暗いかなって。

香織 : 私もこの光の入り方にはびっくりしたけど、これはおばあちゃんのアドバイスで切り開かれたんです。

本村 : と言いますと??

香織 : あの窓枠はプライバシーのこともあって、横山さんに何度も相談していろんなプランを出してもらったところ。コスト削減の課題もあったので、採光のための小さな窓を上に設置するプランにしたんです。でもその窓枠が取り付けられた時に、祖母があんなに小さい窓でいいの?風も通らないよと言い出して。すでに窓枠ができちゃってたから、どうしようかとまた悩んでもう一つ窓を作ることにしました。結果的に、窓を増やしたのは大正解で、長年、この家に住んでいる人の意見は大事だなと思いました。
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 オフィススペース
横江 : 確かに、あそこから入ってくる風が気持ちいいよね。

本村 : 縁側の光加減もまた良いですね。

香織 : ご近所さんが来て祖母と話をするのにちょうどいいし、祖母が庭仕事の合間に腰掛けるにもいい。早速、使ってます。

ルーカス : 代替わりしたお坊さんも家の変化に驚いていて、いつもならお経を上げたらすぐ帰っちゃうのに、中をゆっくり見て帰ったよ。

横江 : ご近所さんからしたらこの場所って謎ですもんね?

香織&ルーカス : そうそうそうそう。(笑)

4. 二拠点生活が変えた二人の旅と生きる作法

本村 : このプロジェクトが始まって2年、コロナの影響も含めて、お二人の二拠点生活も板につき始めたころ。何か気持ちや感覚として変わったことはありますか?
The Life : Country Gentleman & Lady 後編 ルーカスさんと香織さん
香織 : 前はたまにしか焼津に帰ってこなかったから気づかなかったけど、焼津で生活すると時間の感覚が変わっていくのを感じるようになりました。特に、東京にいる時の感覚が変わった。これまでは東京の生活はもっとバタバタしていたけれど、今は東京は集中して仕事ができる場所という感覚。仕事仲間もいるから、みんなからいい影響を受けていると思う。もっとうまく二拠点を使い分けられたらいいよね。

ルーカス : 僕は普段から日本全国を飛び回っているでしょ。だから、飛び回るところが一つ増えたという感覚かな。それでもって、それが嬉しい。ずっと同じところに長くいることが嫌いだったし、ちょっとレイジーになってしまう。刺激がないから、発想が出なくなったり。でも、東京にずっといても同じ感覚になる。焼津ではおばあちゃんたちとたくさん出会うから、東京とでは会う人も全然違う。
あと、ここは海が近いけど、自転車で30分くらい走れば満観峰という山もある。さっきも言ったけど、同じ家でも高さが変われば、まるで旅をしているみたいだし、同じ焼津市内でも海から山に変わるだけで、まったく違う場所にいるような感覚になる。あと、年もとってきたから、老後は同じ場所や町の中だけでも旅をしているような見方や感じ方ができるようになったらいいなと思ってる。そんなに動かなくても世界を飛び回っているような気分になれたらいいなって。

香織 : 二拠点になって、2つの違う時間の感覚ができた。それは、東京と焼津で時間感覚が違うということではなくて、東京のスピード感、焼津のゆっくりした時間、2つの時間を体験していたら、違う時間の流れをどこでも出せるようになってきた感じかな。東京にいてもゆっくりした時間を持てるようになったし、焼津にいてもスピード感を出して動けるようにもなったというか。

本村 : 2回の訪問で横江さんも自分の居場所を作ってみたくなったんじゃないですか?

横江 : そうだね。冒頭でも言ったように、自分だったらどうするかなってこのインタビュー中ずっと考えてた。本当に住む人によって、同じ場所でも全然違う居場所になるでしょ。それがとにかく楽しい。これから二人がどんな場所にしていくかも楽しみだし、自分が見たり感じたりしてきたモノは間違いなく自分のそれとは違うからこそ、改めて、家具や他のモノが入ってからまたとにかく見に来たいな。

ルーカス : 今度できる庭のベンチに座っているローカルの人と、仕事している人が対話するシーンとか早く見たいよね。

横江 : なんか、いつも二人を見てて、すごいスピード感だからこそ、ここにいたら逆に仕事に集中してもっとスピードが上がりそう。それで、ここから生み出されるアウトプットがまたとても楽しみだね。新しい何かがこの焼津から生まれること、楽しみにしています!
※2回にわたって連載させていただいたルーカスさん、香織さんの焼津プロジェクトはいかがでしたか?今回はルーカスさんが編集長を務めるWEB版「PAPERSKY」(連載Star Atlas)の方では建築家、横山さんの視点でプロジェクトを振り返っていますので、あわせてご一読いただければ嬉しいです。
日本語 https://papersky.jp/star-atlas-09/
英語版 https://papersky.jp/en/star-atlas-09/
Lucas Badtke-Berkow
PROFILE
Lucas Badtke-Berkow
1971年、アメリカ生まれ。1993年、カリフォルニア大学卒業後、来日。(有)ニーハイメディア・ジャパン代表として、トラベル・ライフスタイル誌『PAPERSKY』を発行しながら、他メディアのクリエイティブも行っている。これまでに手がけた雑誌は『TOKION』『mammoth』『metro min.』『PLANTED』など。また、自転車イベント「PAPERSKY tour de Nippon」や、日英バイリンガルのウェブメディア「PAPERSKY Japan Stories」では、自身の経験を活かして日本の魅力も発信している。
https://papersky.jp/
建築家 横山浩之
横山浩之 | Hiroyuki Yokoyama
1982年 静岡県掛川市生まれ
2013年 横山浩之建築設計事務所 設立
個人住宅を中心に店舗、オフィスの設計も手掛ける。
http://yoco-a.com/
Direction : Takuto Motomura
Interview : Takuto Motomura , Ryosuke Yokoe
Text : Takuto Motomura
Photo : Shinya Rachi