The Life : Country Gentleman & Lady 前編

『TOKION』『PAPERSKY』といった雑誌の編集長を務めてきたルーカスさんと、同じく編集者でありルーカスさんのパートナーである香織さん。東京を拠点にしていた2人が、静岡県は焼津にある香織さんのご実家を改築して第二の拠点にするのを決めたのは昨年のこと。リノベーションを手掛けるのは、掛川に事務所を構える新進気鋭の建築士、横山浩之さんだ。様々な媒体を通して広く発信を行ってきたルーカスさんと香織さん、そして横山さんを交えた3人による一大リノベーションプロジェクトは、どんなプロセスを経てどんな着地を見せるのだろうか。GOOD ERROR MAGAZINEから横江、そして以前からルーカスさんとも親交のある本村が、まさにリノベーション作業真っ只中の焼津宅を訪れ、インタビューを敢行した。部屋の窓を開けると涼しい風が吹き抜ける。「最近、焼津にブルーベリーファームができて、カフェも併設されてるんだよね」など、近況を話すルーカスさん。香織さんが出してくれたお菓子を食べながら、インタビューはゆるやかに始まった。
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1. 東京と焼津の二拠点生活。建築家横山との出会い。

横江 : (席につきながら)お邪魔します!改めて今日はよろしくお願いします。そもそもどうして焼津に拠点を持つことになったの?

ルーカス : もともとこの家(焼津の家)に、香織のお父さんとおばあちゃんが住んでいたんだけど、お父さんが脳梗塞になってしまって今は介護施設に入っているんだよね。そうするとおばあちゃんが焼津で1人になってしまうから、香織と僕でおばあちゃんとこの家の面倒を見ることになったんだよ。東京からもそんなに遠くないし、仕事で東京と焼津を行き来する生活も今の時代に合うし。

横江 : じゃあこれからは東京と焼津の二拠点生活になるね。

ルーカス : そうだね、東京での生活が50%で、焼津が30%、あとは国内外を旅であちこちする生活かな。ここはサテライトオフィスとして活用していこうと思っているよ。二拠点の生活って面白いね。東京と静岡という異なった世界を楽しめる。

横江 : でも、いずれは焼津がメインになるのかな?

ルーカス : うん。東京の拠点も築80年くらいの家を改装して使ってるんだけど、大家さんがかなり高齢だから、いつ更新できなくなるかわからないんだよね(笑) でももし東京の家を退去することになっても、こっち(焼津)があると思えば少し安心だと思う。

横江 :  建築家の横山くんと知り合ってから、正式に改築を依頼するまでの経緯を教えてくれる?

ルーカス : まず、こういう古い家のリノベーションであることを考えると、東京とか遠くの場所から来てもらうよりも、静岡の空気感がわかってて、できれば現場に近い人がいいなと思って。ただ、建築家の知り合いはいっぱいいるんだけど、静岡に住んでる人がいなかったんだよね。そしたらある日、僕の古い友達が「横山さんっていう建築家がいるよ」といろいろ写真を見せてくれたんです。それがすごく魅力的で、一度会うことになった。
横江 : 横山くんの作品は洗練されていて個人的にすごく好きです。ルーカスと香織さんは横山くんとはすぐ意気投合したの?

香織 : そうですね。最初にこちらの要望をお伝えして、次にお会いした時にリフォームのプランを出してくれたんですが、自分たちにはなかった「減築」という提案があって。もともと家の横についてた物置小屋をルーカスは事務所にしたいと伝えていたんですが、横山さんのプランはあえてそこを取ってしまうというものだったんです。その発想は自分たちにはまったくなかったので、それを聞いた時に、この方は信頼できる!って感じました。

横山 : 2人は「今あるものを活かしたい」という気持ちが強かったみたいなんですけど、具体的に「ここをこうしたい」というイメージはなかったので、だったら思い切って壊してしまって—贅肉を減らしていくじゃないけど—シェイプしていけばだんだん使いやすくなるんじゃないかなと考えて提案してみました。

横江 : ファッション的な発想だね。じゃあ今、僕たちが話を聞いている場所がオフィスになるわけだ。

ルーカス : そう。今までも僕はこの家に来る時はこのスペース(和室)で仕事してたんだよ。ただ仕事してるなかで、例えばzoomで打ち合わせしてたりすると、おばあちゃんとその友達の世間話とか、仏壇から時々鳴る「チーン」っていう音とかがzoom越しに流れていくんだよね(笑)  ここに住むことになったし、きちんとオフィスを作ることにした。ただ、普段の“横山スタイル”って新築を軸にしてるから、単に「リノベーションしてください」だと、わざわざ彼に頼んでいる意味がない。でも彼から出してもらったプランは、この家らしさも、僕らのニーズも、そして横山さんらしさも出せるような提案だったからすごく良かったね。

2. “本来の姿に戻す”という発想。横山のリノベーション術。

横山 : ここが一番変わるところですね。土間になって、オフィスというかミーティングルームになるので。
横江 : じゃあこっちは別世界みたいな。

ルーカス : 別世界だけど、ここを開けると意外とこっちも事務所に使えるみたいな感じ。カウンター越しの窓から神社を見ながら仕事したり。
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横山 : 玄関の天井も、もともとは今みたいに開けていたのが、ふさいであったんです。だから元に戻しつつ新しいエッセンスを入れながら構築していきます。あえて増築した方を壊して、本来の家の姿に戻したのもそういう意図があります。

横江 : 結局このオフィスになる空間以外の部屋もまた改装することになるんですか?

ルーカス : ゆくゆくはやりたい!そうなると意外と広いんだけど、2,3年くらいかけてできたらいいなって思っています。

横山 : 触りだすと、きりがなくなっちゃうので「ここは触らない!じゃあこっちからこっちにしよう」と決めたりしました。

本村 : 今もかなり風通りが良いですが、以前からこんなに風の通りがよかったんですか?

香織 : いや、全然よくないです(笑) 風の通りだけじゃなくて、こんなに部屋が明るいってことも改修するまで知らなかったです。私が生まれたときから、もう向こう側には小屋がくっついてて、めちゃめちゃ暗くて、今の光景からは想像できないくらい。冬も寒くてね。

ルーカス : 冷蔵庫みたいだった!(笑)

3.着工まで1年!? 改装までの長き道のり。

横江 : 壁の土なんかもいい感じだよね。この家は築何年くらいになるの?

ルーカス : いろんなところを増築しているんだけど、一番はじめからあるベース(基礎建築)は70年くらい。増築した部分も、もう築50年くらいだね。解体して分かったんだけど、家の柱が石の上にただ乗っかっているだけだったんだよね。

横山 : 現代の家は大体コンクリートで根本(基礎)まで組み立てるんですが、昔は石の上にそのまま柱を建てる様式なんですね。だから増築された部分は基礎があるけど、初めからあるベースの部分は基礎がないんです。

ルーカス :  実は横山さんと話してからリノベーションが始まるまで1年ぐらいかかったんだよ。もっと早く始めるつもりだったけど、いろんな都合もあってね。でもその分いっぱい話ができて逆に良かったと思ってる。

香織 : 片付けるものがとにかくすっごいたくさんあって、それを片付けるのに1年くらいかかったのもありますね。祖母は“もったいない”世代で、ものへの執着がすごく強いんですよ。変なコレクションがいっぱいあって。私たちが週末来て片付けてゴミの方に持っていっても、次に帰ってくるとまた戻ってきてるとかもあってね(笑)

ルーカス : 「あれ?この前捨てたよね?」ってね(笑)

香織 : 「こんなでかい金庫はいらないじゃん」「いや、これは棚として使える!」「棚は別のを買おうよ」「いや、買わなくてもこれでいい!」っていうやりとりがあったり(笑)

ルーカス : でもおばあちゃんのものだけじゃないよね。お父さんのものもあったし、その前のおばあちゃん、さらにその前の世代のものもあるし。

香織 : そうそう。今まで手つかずだったところを掃除しだしたら大変ことになっちゃって。増築した時にふさいだ天井の上からも機(はた)織り機やら畳やらが出てきて、それも処分しないといけない。天井塞ぐときに捨てれば良いのになんで残すんだろうって。謎です。あと縁の下から謎の陶器がいっぱい出てきて、全部片したのに別のところからまたどさっと出てくるとかもありました(笑)

横江 : ある意味「何が出てくるか」みたいな面白さもあるよね。

ルーカス : うん。古い写真なんかが出てくると、おばあちゃんも「この時にこれがあった」とか「この人はどうだった」とか、おもしろいストーリーを話してくれたりね。

本村 : 捨てるのに一番苦戦したものはなんですか?

香織 : アルバムですね。処分したくて祖母に話したら、はじめは「いいよ」って言ってくれてたけど、数日後に「時間あるときに見たいからとっといて!」って言われて(笑)  ちょっとだけ整理したけど、奥の部屋に一旦置いてます。
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4. “スピード感&レイドバック”の正体と“寄り添う”横山。

横江 : 個人的にルーカスと香織さんに思うのが、プロジェクトを次々に進めるスピードはめちゃくちゃ速いのに、2人に会うと良い意味でのんびりというかレイドバックな感じがします。そういう「スピード感あるのにゆったりしている感じ」が不思議だし魅力でもあります。なにか秘訣があるんですか?

ルーカス : なんだろう。でも好奇心はあるよね。いろんなことに対して「まずやってみる」というのを大事にしてるから、そこからまたいろんなことが生まれてくるのかもしれないね。香織もチャレンジングだしね。

香織 : いや違うんですよ!ルーカスがいろいろ言ってくるから「やんなきゃいけない」みたいになってるんですよ!(笑) 他に頼れる人もいないから結局やるしかないですしね。ただそれだけだと思う!

横江 : そうなんですか(笑) でも常に旅をしているからこその感度の高さだったり、行動力なんだと思います。

ルーカス : そうだね、常に動いてる。旅って別に遠くの場所に訪れるだけではなくて、例えば近所の堤防を歩いたり、釣りをしているだけでも自分の中では旅だと思うんだよね。動いた結果、新しい出会いがあったり、新しい景色を見ることができたり、自分とは違うものを感じることができたりするのが楽しいし、今まで知らなかったものを知ったり感じたりするなかで「まだまだ知らないものがあるな」ってまた好奇心が出てくる。そういう繰り返し。

本村 : 香織さんにとって、今回の改装というプロジェクトは普段の雑誌作りとはまた違うんですか?

香織 : そうですね。今まで“仕事は仕事”だったけど、今回は自分の実家だし、いろんな家のものが入ってくるから仕事とは全然違った感覚ですね。でもルーカスは雑誌とか作るのとそんな変わらない感じでやってるんじゃないかな?「こういうのがいいな」とか「ああいうのやりたいな」っていうアイデアが浮かぶとすぐに横山さんにボールを投げる。日本人って「これ提案したらどうなんだろう?」ってちょっと考えてから出すじゃないですか? でも彼は思い付いたら「これどう?」みたいに、とにかくボールをたくさん投げていました!

横山 : たしかに球数(たまかず)は多かったですね(笑)

本村 : そんなキャッチボールのなかでも、特に強く伝えられたこだわりはなんでしたか?

横山 : ガレージというか「広いスペースが欲しい」という要望はありましたね。あとなんだっけな…。

ルーカス : 床暖!(笑)

香織 : ルーカスは「ここは北極より寒い」っていうんですよ(笑) 家の中なのにずっとダウンとか着てるぐらい。だからとにかく暖かくしなきゃみたいなね。あとは祖母との同居なので、自分たちの好みだけで決められない部分もありますよね。
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ルーカス : 仏壇なんかはまさにそうだったね。もともとかなり大きい仏壇があって部屋と部屋の行き来が難しいから、おばあちゃんに「コンパクトな仏壇にしませんか?」って相談したりしたけど、そうすると話の流れで、おばあちゃんから「仏壇のスタイルはこれがいい」っていう話が出て、それも横山さんに相談したり。

横江 : え、仏壇も横山くんが作っちゃうの?

横山 : まだ決まってないですけど、家具屋さんと相談するなかで「作ってもいいんじゃないか」って話しています。仏壇って普通に購入すると高いですしね。

横江 : 話を聞いていると、横山くんは自分のアイデアも出す一方で、依頼者に寄り添うニュアンスも強いよね。

横山 : そうですね。要望を受け入れて自分のなかで噛み砕くようにしています。リノベーションでも全部新築のように変えてしまうこともできるんですけど、リノベーションの良いところって、もともとあるものを残しながら新しいエッセンスを加えていくところなので、今回はそのあたりの調和を取れるように意識しました。昔のものは活かしつつ新しい部分も加えて。あえて部屋を触らず、縁側だけを新しくすることで外の景色を切り取るなど。やっぱり建築って、予算だったりニーズだったり環境だったり、いろんな要素があって成り立っているので、きちんと捉えるようにしています。

横江 : なるほど。是非、完成するまで密着させてもらいたいです。最終的に思い通りの出来になるのか。そして果たして床暖はつけれるのか!(笑)  この改装がスタートした時から話を聞いているから、僕らもとても楽しみです。
※GOOD ERROR MAGAZINEでは、再び焼津を訪れてリノベーションの様子に迫る予定。この“The Life : Country Gentleman & Lady”第二弾では、今回の記事で載せきれなかった横山さんの多彩なアイデアや技にも迫りたいと思う。
Lucas Badtke-Berkow
PROFILE
Lucas Badtke-Berkow
1971年、アメリカ生まれ。1993年、カリフォルニア大学卒業後、来日。(有)ニーハイメディア・ジャパン代表として、トラベル・ライフスタイル誌『PAPERSKY』を発行しながら、他メディアのクリエイティブも行っている。これまでに手がけた雑誌は『TOKION』『mammoth』『metro min.』『PLANTED』など。また、自転車イベント「PAPERSKY tour de Nippon」や、日英バイリンガルのウェブメディア「PAPERSKY Japan Stories」では、自身の経験を活かして日本の魅力も発信している。
https://papersky.jp/
建築家 横山浩之
横山浩之 | Hiroyuki Yokoyama
1982年 静岡県掛川市生まれ
2013年 横山浩之建築設計事務所 設立
個人住宅を中心に店舗、オフィスの設計も手掛ける。
http://yoco-a.com/
Direction : Takuto Motomura
Interview : Takuto Motomura , Ryosuke Yokoe
Text : Seiji Horiguchi
Photo : Shinya Rachi