OFF Bowery RYOTARO TANIGAKI

あなたにとっての“OFF”とは?

「OFFで働くため、城崎に移り住んだ。5ヶ月間ほぼ毎日一緒に働いたり呑んだりする中で、TARELの方向性を決定付けてくれた場所」
TAREL店主 / 坂本光優

「好きなひとがいる場所」
中華可菜飯店店主 / 五十嵐可菜
今、一番気になっている飲食店は?”
この問いに対し、多くの飲食関係者が口を揃えてこう答える。「[OFF]と[TANIGAKI]」

[OFF.KINOSAKI]は兵庫県豊岡市、[TANIGAKI]はお隣の養父市というローカルに位置しながらも、洗練された料理と地域に根ざした活動でじわじわと全国的な注目を集めている。それぞれの店主は、谷垣亮太朗さん([OFF.KINOSAKI])と谷垣伸太朗さん([TANIGAKI])。2人は双子で料理人。

彼らが同業者から強く注目されているのはなぜだろう。
彼らは飲食の提供を通してどんなことを伝えている(伝えたい)のだろう。

クリエイティブで真摯な活動に迫るべく、我々はまず[OFF.KINOSAKI]を訪れた。
OFF.KINOSAKI
2月某日。お昼前に城崎温泉駅に到着。日本海側に面し、自然も豊かな兵庫県北部、豊岡市城崎町は、暖冬といえどまだまだ冬の寒さがどっかりと腰を下ろしている。思わずダウンの襟を首元まで引き上げながら目的地を目指す。外国人観光客や大学生グループで賑わうメインストリートから外れて、のどかな小川を上流に向けて辿っていくと、小さな橋にくっついたポップなフォントの看板を発見。ビストロ[OFF]だ。地元の食材を使った料理や、ナチュラルワイン、スペシャルティコーヒーが楽しめ、ファンは「[OFF]に行くために城崎を訪れる」まであるそう。一体どんなお店でどんな人なんだろう……!程なくして店主の亮太朗さんもお店に到着。筆者を除く取材陣は昨晩、彼とともに、まさにここ[OFF]で打ち合わせという名の宴に興じていたらしく、その反動でまだ脳が起きていないと見える。亮太朗さんが淹れてくれたコーヒー(エチオピアとペルーのブレンド)をいただきながらゆっくりと取材は始まった。

1.いろんな“キーパーソン”を巻き込む城崎のプロジェクト

◇亮太郎さんが[OFF]を始めるまでの経緯を教えてください。

2013年に『城の崎にて』作者である志賀直哉の来訪100周年を記念して、町を編集して「城崎をもう一度文学の町に戻そう!」というプロジェクトが立ち上がったんです。そこでブックセレクターの幅允孝さんがプロデューサーとして[城崎文芸館]を作ったり、出版レーベル「本と温泉」を立ち上げて城崎でしか買えない本を作ったりされました。湊かなえさんによる書き下ろし小説や、『城の崎にて』本編と、mitosaya薬草園蒸留所の江口さんによる注釈が二冊組になったものなど、プロジェクトにはいろんな方が関わっていて、城崎名物のカニの殻のようなデザインのものもあったりとさまざまです。
https://books-onsen.com/
最新作は写真家の川内倫子さん協力のもと『城の崎にて』の英語版を作っていて、もうすぐ出版されるようです。僕はこういった状況を目の当たりにするうちに「城崎は近い将来、文化的な発信をする街にきっと変わるんじゃないか」と思いました。僕を城崎に誘ってくれた[城崎国際アートセンター]の元館長である田口さんの存在もとても大きいです。

◇多くの作家やアーティストが参加する一大プロジェクトになっているわけですが、それは城崎という土地ならではの引力なのか、それともこのプロジェクトを行う人たちの結びつきや工夫なのか、どちらだと思いますか?

両方でしょうね。いろんな人を巻き込みながら大きくなる渦のようなプロジェクトです。そこに僕も巻き込まれた。というか「巻き込まれたい」と思ったんです。で、僕は僕で2018年に[OFF]を作るときに、建築デザイナーの関祐介さんに内装をお願いしようと思いました。つまり彼にもこの“渦”に入ってほしいと思った。関さんに城崎に来てもらって、一緒に食事をするうちに彼も城崎のことを好きになってくれて「俺もやりたい」という姿勢になってくれました。ちょうど僕と同い年というのもあって話はスムーズでしたね。そんな風にみんなでいろんな人を巻き込みながら今もなお渦が大きくなりつつあります。

◇関さんとは[OFF]の内装についてどんな打ち合わせをされたんですか?
OFF.KINOSAKI / 関祐介氏内装
「ワインを飲みたくなるお店」とだけお願いして、あとは一任しました。それに対する彼の答えがこうだったという感じですね。

◇すごい提案!

信頼もそうなんですが「あえて自分が予想できないようにしたい」と思ったのも大きいです。僕が[OFF]の前に豊岡市で[wolf]というお店をやっていた時は、自分たちで内装を手がけたんです。でもそれにも飽きちゃって。そこで[OFF]では、あえて関さんにすべて任せました。自分が内装を発注すると自分のイメージしたようにしかならないじゃないですか。自分が思いつかないような視点でお店作りをしてほしいと思ったんです。だから僕自身も「どんなお店になるんだろう」と楽しみでした。

◇城崎という土地自体にも独特な引力があるように感じます。改めて亮太朗さんから見た城崎の魅力を教えてください。

来たくても遠くて気軽には来れない場所だけど、思い切って来てみると「今度は誰かを連れてきたい!」と思える場所なんです。都会から遠く離れているからこそ、来た時の満足感が高いのかもしれませんよね。それから城崎は「町全体が一つの宿」と言われています。駅が玄関で、お土産屋が売店で、うちみたいな飲食店は食堂……というふうに。町全体で来てくれた人をもてなす気風があります。例えば城崎には7つの外湯(そとゆ)(外にある共同浴場)があるんですけど「宿には大きな内湯(旅館の中のお風呂)を作ってはいけない」という決まりがあるんです。お客さんを囲わず、みんなで共存共栄する精神が何十年も続いていて、僕もその精神にすごく共感しています。コーヒーとかワイン一杯だけでも全然良いですし「他にも良いお店いっぱいあるよ!」って来てくれた人に紹介するくらいのスタンスでやってます(笑)
OFF.KINOSAKI 店主
◇町の方々同士も仲がいいんですね。

良すぎるくらいですよ!良い意味で町の人たちの距離が近いですね。居心地が良すぎるがゆえに、僕は城崎には住まずに毎日車で1時間くらいかけて家に帰っています。その方が町や[OFF]自体を常に俯瞰して見られるんです。そうすることで自分もどこか観光客の感覚でいられる。あまり町にどっぷり浸ると見えなくなるものが出てくるから、常に俯瞰して見るためにそうしています。一人で車に乗ってる移動の時間も、考えを整理するのにちょうど良いんです。
OFF.KINOSAKI / 城崎温泉街

2.音楽を選ぶようにナチュラルワインを選ぶ。広大な「沼」との出会い

◇[OFF]は、ナチュラルワイン好きからも支持されているとうかがいました。ナチュラルワインは今でこそよく耳にしますが、いつ頃から注目され始めたんでしょう?

東京で扱うお店が出始めたのが15年前くらいですね。今はすごいムーブメントですけど、僕が興味を持ち始めた当時は、東京でも数軒しかないほどでした。酒屋でも買えないからネットで探して仕入れるしかない。でもはじめはお店で全然売れないから仕入れても自分で飲むしかなかった(笑)
OFF Bowery
◇仕入れるワインはどうやって選ぶんですか?ネットだと試飲もできないですよね。

人で選びます。ナチュラルワインって音楽とどことなく似ていて。音楽でいうレーベルが、ワインでいうインポーター(海外のワイン生産者からワインを仕入れて輸入し、酒屋やレストラン、一般消費者に売る業者)なんです。インポーターが、世界中から作り手や彼らの農産物であるワインを選ぶんです。音楽もレーベルがアーティストを発掘してリリースする。好きなレーベルのアーティストって常にチェックするじゃないですか。それと一緒で、まずインポーターで選んで、そのなかで「この作り手は好きだから毎年彼がリリースしたら買い続ける」という選び方をします。
OFF Bowery レコードプレーヤー
◇音楽に置き換えるとわかりやすいです。

だから僕からすると、ナチュラルワインって単なる「お酒」「商品」で見るのではなく、その後ろにいる「人」で捉えているんです。インポーターや作り手を愛して、彼らの作品を買い続ける。そうやって支持する人も増えていく。これも音楽と似てますよね。

◇日本でナチュラルワインが広まる前に亮太朗さんが興味を持って「扱いたい」と思ったきっかけはなんだったんですか?

実はもともとワインがあんまり好きじゃなかったんです。でも、ナチュラルワインを初めて飲んだ時に、シンプルに「なんだこれ!」って好奇心が湧いたんです。今まで出会ってきたワインと明らかに違い、搾った葡萄をそのまま飲んでるかのようなフレッシュ感と、体内にずっと馴染む感覚に驚いてしまって。それを追い求めるためにネットで調べたり、実際に買っては飲んだりしていました。

◇そのはまっていき方も音楽と似てますね。知らないジャンルに出会って、少しずつ掘っていくうちにどっぷり浸かっている。

そうそう。あとは飲食店どうしの情報交換も大事ですよね。[OFF]を始めた時はもうかなり認知度がありましたが、20年近く前は「兵庫の地方でナチュラルワインを扱っている珍しいお店がある」と一部の人たちに知られているくらいでした。

◇そうなると人づての情報も重要になってきそうですね。

好きな人は、いろんな地方や国に旅行に行ってる時でも、ナチュラルワインを扱ってるお店があるととりあえず立ち寄るんです。「これ見たことない!日本で扱ってるのかな」ってね。音楽好きな人が旅に行ってレコードショップに行ってレコードを掘る感覚と一緒で。みんなそうやって「ワインの沼」にはまっていくんです(笑) 

◇単なる「商品」としてではなく、それを作る人や過程といったバックグラウンドに注目するという点がおもしろいですね。

これはワイン以外にも言えることです。店内に、うちで扱わせていただいている生産者さんのクレジットを書いているんですけど、野菜も無農薬の農家さんから買っているんです。食材に関しても、その背景に注目するという姿勢はワインに教わりました。お客様に提供するものはすべて、ちゃんと顔が見えるものを扱いたいと思って今のスタイルに辿り着きました。主に大切なものはナチュラルワインが教えてくれましたね。
OFF Bowery
◇パンチラインが出ましたね(笑)  ワインセラーにもボトルがずらりと並んでいますが、何種類くらいあるんでしょう?

何種類くらいだろう。毎月仕入れる量が変わるので、把握できていないですね。それぞれ生産量も少ないし、毎年1回しかリリースされないし、その時に個人で買える量って知れてるんですよね。なので一期一会を大切にワインを提示しています。

3.町を、店を、自分を、俯瞰して見るということ

◇城崎に来ないと買えない本にしても、この土地ならではの食材を使った料理にしても、そしてまた[OFF]という空間そのものにしても、「ここに来ないと得られない体験」という部分で共通していますね。亮太朗さんのお話を聞いていても、この「体験」を大切にするという意味で一貫性があるように思います。

城崎だからこそこのスタイルになったのかもしれないですよね。例えばこれが東京だと同じようにできなかったんじゃないかな。都市部から離れてるからこそ日本を俯瞰できている感覚があります。東京だと情報量が圧倒的に多すぎるから、自分の立ち位置がどこなのかを見つめられる機会が少ないのかなと思っていて。

◇そもそも都心でやると、それこそ「オフ」って感覚にならないですよね。

そうそう。なかなか「オフ」りにくい。でももちろん東京なら東京で自分なりのおもしろいやり方を考えるんでしょうけどね。僕は原宿の竹下通りの生まれなんですけど、コロナの時に自分のおばあちゃんの家の1階が物件が空いて。実はそこで「ナチュラルワインとクレープの店」をやりたいなって密かに思ってたんですよ。

◇竹下通りで亮太郎さんがクレープ屋。なんだかすごい組み合わせですね。

原宿と言えばクレープでしょ。でも竹下通りってネガティブなイメージなんですよ。そこをあえて、僕のフィルターを通したクレープ屋とナチュラルワインのお店を立ち上げたら面白いんじゃないかなって(笑)。 それこそ関さんに内装を依頼したりとかね。一見妙な組み合わせかもしれないけど、「東京でやる意味」を考えたときに、生まれた場所に立ち返るというのは、僕のなかでは筋が通っているんです。ただ、コロナが長引いたこともあって実現はできなかったんですが。

◇残念!でもたしかに亮太郎さんにしかできないことですよね。

常に「ここでしかできないこと、自分しかできないことはなんだろう」って考えています。それが「一貫性がある」と言ってもらえる要因かもしれないですね。
OFF.KINOSAKI
もてなす側の視点と、もてなされる側の視点。城崎の中の視点と外の視点。「来てくれた人に心から“オフ”して欲しい」という情熱を持ちつつも、お店や町、時には自分自身をも冷静に俯瞰するという温冷の二面性が印象的だった亮太朗さん。その絶妙なバランス感覚こそが、多くの人の心と胃袋を鷲掴みにする所以なのかもしれない。
亮太朗さんと、その双子の兄で居酒屋[TANIGAKI]の店主、伸太朗さんは、食を通じた発信プロジェクト「sunuser(スヌーザー)」を立ち上げ、ローカルの食材やオリジナルプロダクトを全国に向けて展開中。そんなsunuserとGOOD ERROR MAGAZINEによる共同POP UPを、渋谷PARCOにて開催。生産者の顔が見える食材からなる料理や貴重なナチュラルワイン、そしてGOOD ERRORチームがデザインした空間をぜひゆっくり堪能してほしい。
https://gooderror-magazine.com/news/now-what-should-we-do/
OFF KINOSAKI / RYOTARO TANIGAKI
PROFILE
谷垣亮太朗 | Ryotaro Tanigaki
料理人。高校卒業後、大学在学中に夜間の調理師学校に通う。都内のレストランでの修行後、双子の兄と中目黒で[谷垣]をオープン。その後兵庫県に戻り[Tanigaki]を立ち上げ、ダイナー[WOLF]を経て2018年に城崎温泉にて[OFF]を始める。
OFF KINOSAKI
OFF.KINOSAKI
〒669-6101 兵庫県豊岡市城崎町湯島536
営業時間
昼/11-16(15L.o) 水-日
夜/18-21 木,金,土の3日間
定休日:月・火曜定休
電話番号:0796-21-9083
Direction & Interview & Photo : GOOD ERROR TEAM
Text : Seiji Horiguchi